生活

韓国のイメージ 記憶の中に消え去ろうとしている焼き芋屋

毎年、今頃になると地下鉄の出入口近くに現れる焼き芋屋を今年は見かけない。北風がコートの裾から忍び込んでくるというのに、どうしたのだろう。人の良さそうな40代の焼き芋屋のおじさんの顔が、真っ青な空の雁のように浮かんでくる。全然儲けが出ず、商売にならないので辞めたのだろうか。それともこれまでに貯めたお金でどこかに店でも出したのだろうか。
冬に入ると必ず街角に登場する焼き芋屋のおじさんと芋を入れて焼くドラム缶は、私たちに哀愁と温かな気持ちをもたらす季節の風物詩となっていた。その原風景の中には、深夜帰宅する父が冷めないようにコートの懐に入れて持ち帰ってくる焼き芋を待ち焦がれ、眠たい目をこすりこすり待っていた幼い頃の思い出も含まれている。
韓国に焼き芋屋がはじめて登場したのは朝鮮戦争直後の1954年、北風の吹く日のことだった。食料が不足していた時代に政府が救荒作物として、酒の原料となる酒精製造としてサツマイモの生産を奨励し、作りすぎて余った生産量を活用するための方法として道端で焼き芋を売る露天商が登場したのだ。それで焼き芋は戦後の腹を空かせていた時代の、冬の寒風の中でかぶっていた軍隊用の毛糸の帽子や芋を焼くドラム缶、そして幼い頃の美味しかった夜食の甘い記憶とともに、懐かしい思い出となっている。
中南米が原産地のサツマイモは、16世紀アメリカを征服したスペインとポルトガルの人々によってヨーロッパやアフリカ、アジアに伝わった。朝鮮には英祖(在位1724~1776)の時代に日本に通信使として渡った趙曮が対馬からその苗を持ち帰り、それ以降広く栽培されてきた作物だ。
ダイエット・健康食品として人気のサツマイモは、現在その栽培面積自体は減ってはいないが、都市近郊の栽培人口が減少したことと、輸入が禁止されていることで供給が不足しているという。そこに家庭でも焼き芋を簡単に作れる直火鍋が登場したり、一部のコンビニで焼き芋を売り始めたためにサツマイモの価格が上昇した。またトッポッキやワッフルのようなストリートフードが多様になったこともあり、焼き芋屋はだんだんとその位置を失いつつある。今や焼き芋6本で1万ウォンの時代、もはや安いオヤツとは言えない。それでもあの懐かしい焼き芋屋のおじさんが今もどこかで明るく温かい店主となっているといいなあ。

キム・ファヨン 金華榮、文学評論家、大韓民国芸術院会員
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