生活

遠くの目 100年の
ノスタルジア

今から思えば、私が男便となったのは、些細な出来事からであった。知り合いの韓国人女性が、韓国料理を作ってあげると言って私の部屋を訪れたのだ。当時私はワンルームマンションに住んでおり、よく自室で食事会などを開いていたからだ。

遠い昔と思われることは、実は日常の中にある。日本帝国主義の時代でもある1920,30年代がソウルの町の中で注目されている。最近、復古的趣味が若者の間でブームだそうだ。「ニュー」と「レトロ」をあわせて「ニュートロ」と言われている。その聖地とされるのが益善洞である。鍾路3街駅の北側、益善洞はこの数年の間に、1920年代に建てられた古い韓屋を改装したカフェやレストランが立ち並ぶ街になった。日本から来た友人を連れて行くたびに新しい店ができていて、いつも若者でいっぱいなことに驚かされる。

益善洞付近には、「京城」という名を冠したレンタル衣装屋がある。この店から、ワインレッドのレトロなロングワンピースとクラシカルなスーツに身を包んだカップルが出てきて、散策に出かけていく。ワンピースの人は花や網の付いたヘッドドレスを付けていたり、スーツの人は渋めの帽子をかぶっていたりする。この服は「開化期衣装」と呼ばれている。2018年にヒットしたtvNドラマ『ミスターサンシャイン』の影響だという。このドラマは1900年代を舞台として、幼少期にアメリカに逃げたのち米軍将校となって朝鮮に駐屯する主人公(イ・ビョンホン)と、義兵として活動する名家の令嬢(キム・テリ)との恋愛を描いたものである。巨額を投じた映画のような美しい映像が話題を呼んだ。

実は、ヒロインの華麗な韓服よりも、助演のホテルの女主人(キム・ミンジョン)が着る美しい(しかも毎日違う)ドレスに目を奪われていたのは私だけではなかったようだ。西洋の文物が取り入れられ始めた時代、ホテルに集うモダンガールとモダンボーイたち。現在、彼らの服装を真似た洋服を来て、古くて新しい街益善洞を歩くのが10代、20代の間でブームなのだそうだ。

ソウルの古い町として知られる乙支路も、若者の間で見直されているそうである。先日、知り合いにおしゃれなバーに連れて行ってもらった。乙支路の印刷所街の中、表に目立った看板もない薄暗いビルの、本当にこんなところにあるのだろうかと思われる古めかしい階段を半信半疑で登ると、古い家具を生かした雰囲気のよいバーがあった。客のほとんどは若者で、みな写真を撮るのに余念がない。一体どうやって見つけて来るのかと思ったが、当然ながらSNSで見つけるとのこと。まさに「インスタ映え」全盛の時代である。流行に敏感な、こうした若者世代の消費トレンドがニュートロというわけである。

ただし、ニュートロのさす範囲は広い。7080といわれる7,80年代の学生服など懐かしさをさそう数々のモノ、8、90年代に流行したパッケージのお菓子なども全部そうだ。見渡すと、90年代風のファッションに見える若者が少なくないことにも気づく。消費トレンドといってしまえばそれまでかもしれないが、若者の間で古いものは新しいという感覚である。しばらく前の、彼らが経験したことのない時代は、新しくてカッコイイと感じるのだろう。

益善洞のカフェ

旧花郎台駅

流行は繰り返す? そういえば、大学生の頃、母親にブーツを買いたい旨を陳情すると「私が若かりし頃に履いたのがある」と、押し入れに大事にしまっていた黒のロングブーツを引っ張り出してくれたことがあった。あなたの履いているミニスカートもみんな私の娘時代に流行したのよと、なぜか鼻高げだったのを思い出す。

少し古い時代を経験した人にとって、古いものは懐かしき時代のノスタルジアを喚起する。時に、自分はそれを知っているという、ほんのり優越感を加味して。ニュートロを楽しむ若者は、そんなことはお構いなしなのだろう。自分たちの経験したことのない古いものでも自分たちの文化として、楽しむ力に長けているのかもしれない。

日本の要素を含んだ近代から90年代までを、幅広くニュートロとして消費する若者を、歴史認識が浅いなどと批判するだろうか。北村や景福宮でレンタルされている韓服を「本物の」韓服ではないと批判する意見もあった。だが、古いものの新しい解釈は批判だけにさらされるべきではないのではないか。暗黒だったと思われがちな、日本帝国主義が猛威をふるっていた時代さえも、彼らは軽々と自分たちが楽しむものにした。

帝国の記憶を含んだ古いものは、私の身近なところにもあった。私の住む家の近くには廃線レールを残して整備された数キロにわたる遊歩道、「京春線森の道」がある。京春線は1939年に開通したもので、近年複線化にともなって住宅街を縫うように走る一部路線が廃線になり遊歩道となった。季節ごとの花が美しく、地元住民の憩いの場として愛されている。また、この線路に面した住宅の一階は、次々におしゃれなカフェや洋菓子屋などに衣替えして、今や若者やカップルが集ういわゆる「ホットプレイス」の様相である。

私は、廃線直前にソウルに越してきて、たまにしか通らない列車を見たのも数回ほどで、そのあとの数年間放置されゴミが散乱する暗い空間だったのを覚えている。それから3年半ほどソウルを離れて帰ってくると、明るく様変わりしていた。

この遊歩道の東の端には廃駅になった旧花郎台駅がある。京春線開通時に泰陵駅として開業した古い駅舎で、登録文化財に指定されている。これも再整備され、中は資料館になっている。この駅と鉄道は帝国日本の時代に生まれたが、7,80年代に多くの人が利用していたのでこの時代を懐かしむ展示がしてある。

住宅街を走る廃線レールは帝国主義も載せたが、7,80年代の人々の心も載せた懐かしき古いものなのだ。10年ほど前に列車が走っていたことを知っている私にとっても、懐かしさの対象でさえある。近代の記憶は日常に埋もれ、今や散策をする人たちが意識化することはない。100年前の近代は、時代を貫いて日常の風景の中に溶け込んでいるのである。

中村八重 なかむら・やえ、韓国外国語大学校日本語大学教授
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