生活

二つの韓国 証言で明らかにされた 北朝鮮の音楽

在日韓国人の元老芸術家8人へのインタビューを通じて、今日の北朝鮮で演奏されている音楽の特徴と、その形成過程を明らかにした本が出版された。国立国楽院が2019年12月に発行した『在外同胞元老芸術家の口述採録―日本編』は、チョン・ヒョンシク(千賢植)氏とキム・ジウン(金芝恩)氏の共同著書で、2年にわたる二人の努力の結晶だ。

1973年に初演された革命歌劇『金剛山の歌』は、北朝鮮の五大革命歌劇の一つで、日本の植民地時代に離れ離れになった家族が、金日成支配の社会主義体制で再び巡り合うという物語だ。写真は、1955年に設立された朝総連傘下の芸術団体『金剛山歌劇団』が平壌に行き『金剛山の歌』を習ってきた後、1974年に舞台にかけた場面だ。歌曲声楽家のリュ・ジョンヒョン(柳展鉉)が出演した。

南北の音楽は同じルーツを持つものの、70年余り分断された状況により、それぞれ違う道を歩んできた。音楽にも統治理念である主体思想を強調する北朝鮮では、伝統音楽を指す用語からして異なる。韓国では「国楽」と呼んでいる伝統音楽を、北朝鮮では「民族音楽」という。伝統楽器に対する姿勢も全く違う。韓国が比較的原型を維持しようと努力をしてきた半面、北朝鮮は西洋音楽の演奏にも問題がないように、大部分の伝統楽器を改良して使用している。

国立国楽院のチョン・ヒョンシク学芸研究士と北朝鮮音楽研究者のキム・ジウン氏が共同で執筆した『在外同胞元老芸術家の口述採録―日本編』は、このような北朝鮮音楽の実態についてのガイドブックとなっている。この本は、朝鮮総連(在日本朝鮮人総連合会)系の在日同胞元老芸術家8人の口述を記録したもので、南北の往来と交流が全面的に中断された状況下においては、非常に貴重な資料であると言える。

インタビューに応じたのは、前金剛山歌劇団指揮者のキム・ギョンファ(金慶和)、歌曲声楽家のリュ・ジョンヒョン(柳展鉉)、平壌ユン・イサン(尹伊桑)音楽研究所海外担当副所長で作曲家のイ・チョルウ(李喆雨)、舞踊家イム・チュジャ(任秋子)、前金剛山歌劇団俳優で声楽家のチョン・ホウォル(鄭湖月)、作曲家のチョン・サンジン(丁相鎭)、東京朝鮮大学校音楽教育科教授のチェ・ジヌク(崔振郁)、舞踊家ヒョン・ケグァン(玄佳宏)の8名。彼らは北朝鮮から人民芸術家、功勲芸術家、人民俳優、功勲俳優などの称号を得ており、各々の分野で最高権威と認められた人々だ。

2008年4月、観客の熱い歓呼を受けて、北京の国家大劇院で中国巡回公演を始めた革命歌劇『花咲く乙女』のポスター。この舞台には北朝鮮のピパダ歌劇団所属の俳優をはじめとして50人あまりの功勲芸術家と人民芸術家が出演した。© 聯合ニュース

チョン・ヒョンシク氏とキム・ジウン氏は、国立国楽院の『在外同胞元老芸術家の口述採録事業』の最初の地域に選定された日本を2017年以降何度も訪れ、元老芸術家8名の証言を記録し本にした。© ハ・ジグォン 河志権

別の理念、別の音楽
著者のチョン・ヒョンシク氏は、ソウルの北朝鮮大学院大学校で北朝鮮学の博士号をとった北朝鮮音楽専門家で『北朝鮮の歌曲研究』、『芸術と政治(共著)』などの本を出しており『モランボン(牡丹峰)楽団の音楽政治』のような論文も書いている。キム・ジウン研究者は、大学でチェロを専攻した後、建国大学校統一人文学科の博士課程を修了し、現在は北朝鮮音楽芸術論を主題に学位論文を書いている。2007年に在日金剛山歌劇団の韓国公演の企画に参加し、それを契機に本格的に北朝鮮音楽に関心を持ち始めたという。

二人の研究者が採録した北朝鮮音楽に関する話には、興味深い内容が多数含まれている。

「作曲家チャン・サンジンによれば、北朝鮮ではロシア音楽の影響を受けて、旋律を中心とした表題音楽を主に作曲している。そして交響曲であれ管弦楽曲であれ『旋律に画をつけないように(切り分けない)』という点を昔から強調してきた。西洋式のテーマによる作曲法を北朝鮮では旋律を途切れさせ、段落をたくさん作る方式だと考えているのだという。それでも最近では少し多様化し、昔よりは画をおいたような創作曲が少しずつ見られるという」。

チョン・ヒョンシク氏はこの本で、8名へのインタビュー以外にも南北の音楽の違いを丁寧に紹介している。その一例として、2019年韓国で公開された北朝鮮民族歌曲『春香伝』の映像資料をみると、北朝鮮では南道パンソリ式の濁声唱法ではなく、透明で清雅な西洋式のベルカント唱法で歌っている。また内容面でも、春香と夢龍のラブストーリーとして描いている韓国とは違い、北朝鮮では両班と常民の階級的な対立に目を向けている。北朝鮮の民族歌曲は、歌と音楽を基本とする総合的な舞台芸術を意味するが、これは1960年代に始まった伝統楽器の改良とともに作られた声楽の新しい系統だ。『春香伝』から始まった民族歌曲は、1970年代には革命歌曲という形で継続されていく。

また彼は「北朝鮮ではパンソリを教育研究用として学ぶだけで、大衆が享受する音楽としては残っていない」と述べている。韓国では、パンソリは伝統音楽の代表的なジャンルとして大衆化されているが、北朝鮮では、両班と支配階層の情緒が染み込んでいるという理由で排斥されているのだ。これがパンソリ『春香歌』が北朝鮮では民族歌曲に変形された理由だ。

北朝鮮の声楽は発声と唱法、歌詞や音楽様式まで社会主義革命と人民の感性に合わせて変化してきた。声楽の発声は伝統民謡を歌う「民声唱法」と西洋音楽式の発声である「洋声唱法」の二つに大きく分けられる。「民族発声」を短縮した「民声」は「主体発声」とも呼ばれ、透明で柔和でありながら、艶かしく感じられる歌声は、伝統的な西道唱法 を現代的な感覚に合わせて発展させたものだ。民族歌曲『春香伝』には民声歌手がたくさん出演し、革命歌曲『花咲く乙女』には洋声歌手が主に出てくる傾向がある。

声楽家チョン・ホウォルによれば、北朝鮮式発声の特徴の一つがハイトーンの声を重視するという点だ。特に伝統民謡は、細く高い声で歌わなければならないとされている。しかし、現在ではメゾソプラノの歌手も増えて、低い声の歌も愛されており、これは世界的な現象だと言える。

一方、共著者キム・ジウン氏は「作曲家チョン・サンジンによれば、北朝鮮の代表的な歌曲作品の中にもそれぞれの特徴がある」とし「例えば『ピパダ(血の海)』は、民族的でありながらも郷愁を感じさせ、『花咲く乙女』は洗練された旋律が多く、『金剛山の歌』はより現代的な色彩を帯びている」と説明している。このような特色は楽器の編成にも表れており、『ピパダ』は純粋な民族楽器中心で創作され、『花咲く乙女』も最初は民族楽器と金管楽器だけで演奏していたが、外国に紹介するためにバイオリンを追加したという。また『金剛山の歌』は洋楽器中心の編成され、民族楽器は唯一竹管楽器が入る。



変化の風
時代の流れにそって北朝鮮音楽にも変化の風が吹いている。最近になり「相対的に民族音楽の人気が落ち、若者たちを中心に西洋音楽を好む傾向が強くなっている」というのがインタビュイーに共通した意見だった。一つの例をあげると、2018年に平昌冬季オリンピックの祝賀公演に参加したサムジヨン(三池淵)管弦楽団の指揮者チャン・リョンシク(張龍植)の人気が非常に高く、彼が指揮をする公演には多数の観客が集まるという。

キム・ジウン氏は、今回のインタビューを通じて「全般的に北朝鮮の音楽も海外の大きな流れを反映して変化している様子が垣間見え、外国の唱法も多く導入されていることが確認された」としている。また、「作曲家チョン・サンジンの話によれば「北朝鮮の音楽大学ではモランボン楽団の唱法である『モランボン式歌謡唱法』を教えているが、この唱法は既存の民声と洋声に、大衆歌謡を加えた3種類に分類されていると聞く」

作曲家チョン・サンジンの話のように、最近では音楽大学に、大衆歌謡を教える学科が誕生したという。半面、過去の北朝鮮を代表する公演芸術団体であった国立民族芸術団は、劇団員の高齢化で相当数が亡くなり、新旧交代に悩んでいるという。また歌曲の場合、ピパダ歌劇団に一本化されているということも、チェ・ジヌク教授の伝える最近の北朝鮮音楽教育課程の変化だ。特に平壌音楽大学は徹底した秀才教育を目指しており、実力を重視し、専門の外国人講師も多数招聘し授業を行っているという。その結果、ピアノや声楽分野の国際コンクールで入賞者を多数輩出している。

東ベルリンスパイ事件に関与していたとして韓国ではきちんと評価されていない作曲家ユン・イサン(尹伊桑 1917~1995)が、北朝鮮では依然として高い名声を維持しており、ユン・イサン管弦楽団、ユン・イサン研究所などで活動を続けている。チョン・ヒョンシク氏によれば「平壌にはユン・イサン音楽に魅了されている人が多数いる」という話を複数の人から聞いたという。北朝鮮の音楽総合大学には民族学部、洋楽部、作曲学部などの学科があるが、理論学部ではユン・イサンの音楽を教えている。

北朝鮮ではこれまで長い間、ジャズやロックが公式には禁止されてきた。「西洋の大衆歌手が麻薬を服用して乱れた生活をしている」と考えた金日成主席の指示によるものだという。もちろん一部のジャズ演奏者の無政府主義思想も影響を与えたといえる。しかし今日、北朝鮮音楽にはスイングやビートのようなリズムが溶け込んでいるというキム研究者の意見に、作曲家チョン・サンジンも総じて同意したという。

北朝鮮で現在最も人気のある芸術家は、韓国で「北朝鮮版ガールズグループ」と呼ばれているモランボン楽団所属の歌手たちだ。2012年に金正恩国務委員長体制が発足し、その際に結成された楽団で、平昌冬季オリンピックの時に公演団長をつとめ、韓国でもよく知られているヒョン・ソンウォル(玄松月)が楽団長だ。団員の大部分は、金正恩委員長の夫人であるリ・ソルチュ(李雪主)が通っていたクムソン学院か平壌音楽舞踊大学の出身者で占め、李雪主が結成を主導したといわれている。モランボン楽団は、功勲国家合唱団とともに金正恩時代のアイコンと言われ、公演形式でも他の団体に大きな影響を与えている。また、2015年に金正恩の指示で創立された金管楽器中心の軽音楽団「チョンボン(青峰)楽団」も同様に人気を得ているという。

1.舞踊家イム・チュジャ先生の略歴を紹介するページ。1957年に日本で朝鮮舞踊研究所を設立し、後進の養成に献身してきた彼女は、在日同胞舞踊界の大きな星となっている。2019年に持病で逝去した。
2.作曲家チョン・サンジン氏が、朝鮮国立交響楽団のキム・ビョンファ指揮者について回想した内容が書かれたページ。1992年6月に、東京芸術劇場大劇場での公演写真も一緒に掲載された。

音楽政治
チョン学芸研究士は「改良した伝統楽器を使い、フュー ジョン音楽を試みるという側面では、北朝鮮の方が韓国よりも先を行っている」と評価する。北朝鮮では楽器改良事業が本格的に行われており、12弦の伽耶琴の弦が19弦、21弦というように増えており、また5音階も7音階に拡大され、画期的な変化が推し進められてきた。北朝鮮の改良楽器の中でオクリュ(玉流)琴、チャンセナプ 、テピリ(笛)などは、韓国でも演奏で積極的に使われている。

二人の著者は「北朝鮮音楽は政治抜きには語れず、北朝鮮における音楽は、他のジャンルの芸術よりも影響力が大きい」という点を強調している。その背景には、金正日国防委員長が「音楽は政治に奉仕しなければならない。政治のない音楽は、香りの無い花のようであり、音楽の無い政治は、心臓の無い政治と同じ」と規定した事実がある。韓国では、音楽は個人の娯楽や好みだと考えるが、北朝鮮では、音楽は政治と不可分の関係にある。これが今日、南北の音楽がそれぞれ異なる顔をしている最も根本的な理由だ。

キム・ハクスン 金学淳、ジャーナリスト、高麗大学校メディア学部招聘教授
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