国立ハングル博物館で2月28日から5月28日まで開かれた「訓民正音とハングルデザイン」特別展は、急速に発展しているハングルの今日を見つめ、民族の統一言語として新たな誕生をするであろう明日を展望する内容で構成されている。空気や水のように日常的に使われている韓国固有の文字ハングルを改めて詳しく見てみる、その理由を示唆する意義深い展示だった。
国立ハングル博物館開催の「訓民正音とハングルデザイン」特別展の入口に設置された、『訓民正音』解例集33枚のネオン処理透明アクリル板が暗闇の中に並んでいる。解例集は1446年に新しい文字の創製を発表したとき、民衆に文字の原理と使用方法を知らせるために編集された。
世宗大王(1397-1450:在位1418-1450)は、1443年に『訓民正音』すなわち今日のハングルを創製した。古代から使用されてきた漢字、そしてこれを基にして作られた韓国語表記文字である吏読(イドゥ)は、大多数の国民には学ぶことさえ難しいものであった。そのため社会的不平等や統治の困難を解決するために、賢い君主が艱難辛苦の末に編み出したのがハングルだ。その後3年にわたって研究と実験を繰り返し、1446年この新しい文字の解例集である『訓民正音』を編纂した。世宗は「御製序文」でこう述べている。
「愚かな民は言いたいことがあっても最後まで自分の思いを語ることができない者が多いという。余はそれを憐れに思い、新しく28文字を作った。すべての民がたやすく覚え、毎日使うのに便利なようにした」。
薄暗い展示会場に足を踏み入れると世宗大王の声が聞こえてくるようだ。
創製の現場
チェ・ビョンロクの「トップ(のこぎり)」は、文字を初声 ㅌ、中声 ㅗ、終声 ㅂに分けて、のこぎりのイメージでその文字の意味を表現した作品だ。
ハ・ジフンの「装錫匠」は、朝鮮時代の伝統的な木造家具に金属の装飾要素が加わっている点に着眼し、金属で製作したハングルの子音と母音で家具の表面を装飾した。
国立ハングル博物館は、韓国民族の代表的文化遺産であるハングルの歴史と価値を知らせる展示館であると同時に、学びの場でもある。2014年10月9日のハングルの日にオープンし、その後さまざまな企画展と特別イベントを通じてハングルの独創性と有用さを伝えてきた。世宗大王の生誕620周年を記念する今回の展示の冒頭には、合計33枚の『訓民正音』解例本の原型が一枚一枚設置物として展示されており、タイムマシーンに乗ってハングル創製の現場に足を踏み入れたような気分を味あわせてくれる。長い年月の間、中国の文字を借用していた民族がようやく自国の文字を作り、広く宣布したのだ。自主、愛民、実用の精神が際立つ文字を。そのときの国王の胸に溢れた感慨深さが伝わってくる。世宗大王の命を受けて新しい文字を作った臣下らもまた感慨無量だったことだろう。『訓民正音』に関わった学者の一人であるチョン・インジ(鄭麟趾、1396-1487)の記した序文も載っている。「賢い人間は一日を終える前に覚え、愚かな者も10日ならば学ぶことができる」という一文には自負心が溢れている。
ハングルについて専門家たちが残した賛辞は、世界で最も短く科学的な言語の価値を改めて悟らせてくれる。東アジア言語学者のロバート・レンジ、アメリカメリーランド大学教授は「ハングルよりも素晴らしい文字は無い」と言った。ノーベル文学賞の受賞者であるフランスの作家ル・クレジオは「ハングルは学ぶのに一日あれば十分な非常に科学的であり、意思疎通に便利な文字である」と評価している。英国の歴史著述者ジョン・メンは、著書『世の中を変えた文字アルファベット』の中で「ハングルはすべての言語が夢見る最高のアルファベット」と述べている。また、ハングルは創製の関連情報が記録として残っている唯一の文字でもある。
誕生の記録を持つ唯一の文字
訓民正音は「民を教える正しい音」という意味だ。自然のありとあらゆる音を簡潔に表しており、形が単純で文字数も少ない。点、線、円の基本形態を利用した子音文字17個と母音文字11個をあわせた28文字で出来上がっている。展示1部の「簡単に覚えて楽に書こう : 配慮と疎通の文字」は、そんな『訓民正音』の構成を示している。
まず子音を見てみよう。人体の各発音器官の音を出す時の動きを真似て作った5個の基本文字は17個の子音となった。音の大きさに従い基本の文字に一定の画をくわえる「加画」の原理が適用されている。例えば「 ㄴ」よりも少し強い音は画を一つ付け加えた「ㄷ」、「ㄷ」よりもさらに強い音はもう一つ画を付け加えた「ㅌ」という具合だ。音の特色が文字にそのまま反映された論理的な文字だ。
ユ・ミョンサンの「ポデゥル(柳)」は、文字がイメージにどれほど溶け込むことが出来るかを実験した作品だ。
天、地、人を象徴する「 •」、「ㅡ」、「ㅣ」の3個の基本文字は11個の母音の文字となった。子音17個、母音11個で出来た28個の文字を互いに組み合わせれば1万個以上の文字を作ることができる。無限の文字の組み合わせが可能だというわけだ。初声の文字、真ん中の中声の文字、終音の文字を合わせて作る独特な文字の運用方式だ。チョン・インジの序文をもう一度引用すると、彼は「この28個の文字で転換は限りない」と記述している。
この企画展の第2部は、無窮の転換の競演場だ。「転換は無窮だ:デザインで再解釈されたハングルの拡張性」という題目で、23チームのデザイナーたちが30点余りの新作を発表した。平面と立体に別れて『訓民正音』の原型と内容を紐解いていった。ハングルが芸術的にどれほど大きなインスピレーションを与えるテーマなのかを探索したその過程が興味深い。
デザインのテーマとして再誕生
この企画展の第2部は、ハングルの無窮の転換の競演場だ。「転換は無窮だ:デザインで再解釈されたハングルの拡張性」というテーマで、23チームのデザイナーたちが30点余りの新作を発表した。平面と立体に別れて『訓民正音』の原型と内容を紐解いていった。ハングルが芸術的にどれほど大きなインスピレーションを与えるテーマなのかを探索したその過程が興味深い。今まさに第1歩を踏み出したといえる試みだが、ブックデザイナー兼文字研究者のチョン・ビョンギュ氏が「訓民正音に帰ろう」と説くその実体がここにある。彼は「私たちの無意識に長い間入り込んできた西洋基調を砕くのに、ハングルの新しい可能性を探求することは、最も大きな武器となるだろう」と強調する。
チャン・スヨンの「:カム」は、ハングル創製当時には文字の重要な要素だったが、今では消え去ってしまった「声調点」 に注目した作品だ。木板に文字を浮き彫りにし、発音の高低と長さの差を確認できるようになっている。
パク・ヨンジュの「파리(パリ)を愛してますか?」は、「パリ」という一つの表記の中に‘蝿(Fly)’、‘パリ(Paris)’など7個の他の意味が含まれていることを応用することで、見慣れている言葉が見知らぬ言語に派生していくのだ。文章の筋を変えて混ぜるという動きを繰り返して配置し、それらが衝突して巻き起こす感覚が新鮮だ。
ユ・ミョンサンの「 ポデゥル(柳)」は、文字がイメージにどれほど解け込むことが出来るかを柳の葉で実験した。イメージ中心のデザインに簡単に解け込むことのできない文字の限界を超えようという作業だ。
チャン・スヨンの「 カム」は、ハングル創製当時には音の高低を表した「声調点」が使われていたという歴史に注目した作品だ。「カム」という文字の 平声、去声、上声に該当する発音を音源分析器を通じてグラフに表し、これを木板に浮き彫りにした。
ハ・ジフンの「装錫匠」とファン・ヒョンシンの「 鋸断曲折家具訓民正音」の連作は、ハングルの造形性を生活家具に適用したアイデアで多くの観客の関心を集めた。ハ・ジフンは伝統的な朝鮮の木の家具に金属素材の装錫が、装飾と開閉の用途で使われている点に着眼して、家具の表面をハングルの子音と母音で装飾した。ファン・ヒョンシンはハングルの画と点の形をモデルにした、スチールのベンチと椅子を製作した。それらの配置に従い文字が作られるという面白いアイデアだ。
この展示は2016年10月東京韓国文化院で最初に開かれ、同名の展示を国内に移したものだ。この作業のために国立ハングル博物館の関係者は、2016年3月から7カ月間、若いデザイナーグループ23チームと何度も顔を付き合わせたミーティングを行い、考えを共有した。今後、このような企画と作業が持続されれば、なぜ国立中央博物館の隣に国立ハングル博物館が別途にあるのかを説得する存在証明にもなるだろう。さらにそのような努力の結果が博物館の展示にとどまらず、文化芸術界と社会全般に影響を与えることができるだろう。
ハングルの子音と母音が集まり多様な組み合わせが出来ることを示す映像を見ている観覧客
もう一つのハングル関連展示
ハングルは韓国民族の自尊心であり誇りだが、この数世紀にわたって受難もまた多かった。日本の植民地時代の韓国語と文字の守護闘争は最も意義深い独立運動の一つだといえる。植民地時代の1940年『訓民正音』解例本の原本の存在を知り、それを大金をはたいて買い取ったあと、独立を迎えるまで密かに命をかけて守ってきた文化財収蔵家、潤松チョン・ヒョンピル(全鎣弼、1906–1962)は「ハングルの未来を展望し、独立国家の信念を固めた」と述べている。その解例本原本を見ることのできる「訓民正音・乱中日記展:再び見る」が4月13日から10月12日まで、ソウル東大門デザインプラザのデザイン博物館で開かれている。ユネスコ世界記録遺産登録の二つの古典の原本(国宝)をその目でじかに確認できる貴重な展示だ。
潤松が独立の光を『訓民正音』に見たように、分断70年二つに分裂した民族の腰を支えているのもまたハングルではないかという気がする。1965年世宗大王の生誕を記念して5月15日は「 師匠の日」に指定された。そして10月9日は『 訓民正音』 が発布された日を記憶するための「 ハングルの日」 で祝日だ。激動の20世紀を克服する大きな力となったのがハングルだったように、21世紀数多くの挑戦に打ち勝ち、民族的な底力の源泉としてハングル創製を再び見直す知恵が必要だ。