韓国の7人組のボーイズグループ「BTS(防弾少年団)」が、全世界の音楽産業の売上をリードするアーティストとして注目されている。それだけでなく、文化的にも大きな影響力を持ち、世界中でセンセーショナルを巻き起こしている。このように世界を驚かせた現象は、どこから始まったのだろうか。
BTSの「LOVE YOURSELF :
SPEAK YOURSELF」ワールドツアーは2019年5月4日、米国ロサンゼルスのローズボール・スタジアムを皮切りに7月14日の静岡エコパスタジアムまで、世界8都市でおよそ86万人の観客を集めて完売した。写真は、デビュー6周年を記念する6月13日の「2019 BTS FESTA」の際、BTSがフェイスブックに投稿した公演のワンシーン。 ⓒ Big Hitエンターテイメント
「ドレイク、BTS、アリアナ・グランデが昨年、全世界の音楽産業において売上190億ドルに寄与した。全世界の音楽産業は、彼らの成功によって、この10年で最高の収益を達成した」。
イギリスのBBCは2019年4月2日、国際レコード産業連盟(IFPI)の「Global Music Report 2019」をこのように分析した。ロイター通信も「全世界の音楽市場を制覇したアーティストはドレイク、BTS 、エド・シーランで、彼らは2018年の総売上高191億ドルに貢献した」と報じた。
BTSは、音楽産業だけでなく文化的にも世界規模の波及力を持ち、ブームを巻き起こしている。新曲がリリースされると、ファンクラブの「ARMY(アーミー)」はすぐに歌詞を翻訳し、意味を分析する。BTSとARMYの日常的なコミュニケーション・ツール「BANGTANTV」の動画も、様々な言語に翻訳されている。BTSがBANGTANTVにアップロードした映像は、2019年7月8日現在995本。各国のARMYがこの映像を加工した「リアクション動画」は数百万に上る。
ARMYが集うインターネットのファンカフェでは「jinjja(本当)」、「daebak(すごい)」、「chingu(友達)」のように韓国語の発音をローマ字で表記し、英語と組み合わせて使う「K-POP vocabulary」が流行っている。ファンは歌詞に登場する「ペプセ(ダルマエナガ)」と「ファンセ(コウノトリ)」の意味(既得権層への批判)だけでなく、「土のスプーン」の意味(貧しい家庭の生まれ)まで正確に理解している。
このような現象は、どこから始まったのだろうか。
2016年にリリースされた2枚目の正規(フル)アルバム『WINGS』のタイトル曲『血、汗、涙』のミュージックビデオ。ヘルマン・ヘッセの小説『デミアン』をモチーフにしている。
アイドル産業の代案
BTSの所属事務所は、パン・シヒョク氏が代表取締役とプロデューサーを務めるBig Hitエンターテイメント。BTSよりも早く2012年にガールズグループ「GLAM」をデビューさせたが、ヒットしなかった。その頃、パン氏に何度か取材したことがある。彼は、GLAMの失敗を挽回する方法を探っていた。それは芸能事務所が個々の歌手やグループのヒットに神経を尖らせる代わりに、歌手やグループの寿命を延ばす新しいシステムを作ることだった。
パン氏は、それまでのやり方でアイドルの育成と管理を繰り返してはいけないと考えていた。YGエンターテイメントのBIGBANG、SMエンターテイメントのEXOの成功モデルを参考にし、音楽市場の消費動向を詳しく分析した。その結論は「アイドルをアーティストに育てる」ことだった。時流に乗ったヒット曲をいくつか作るよりも、ミュージシャンのオーラを持たせることが、はるかに重要だと考えたのだ。
BTSが登場する前にも、いくつかの韓国のアイドルグループが海外で人気を得たが、「型にはまったアイドル」との批評もあった。そのような指摘は、海外メディアが K-POPの弱点や問題点を語る際に必ず取り上げられた。特に、2017年12月にSHINeeのメインボーカル、ジョンヒョンが自ら命を絶った後、米週刊誌『バラエティ』が「韓国のアイドル産業は、ハンガー・ゲームのようだ」と評した。さらに、2018年11月にBIGBANGのメンバー、V.I(スンリ)がスキャンダルを起こし、多くの海外メディアが韓国のアイドルの純粋性に疑問を投げかけ始めた。
このように海外のメディアは韓国のアイドル産業の否定的な面を指摘しているが、それを克服する上で、BTSが決定的な役割を果したといえる。パン氏とBig Hitエンターテインメントがアイドルをアーティストに育てて世界に進出させたのは、市場のニーズを正確に把握していたからだ。
2016年にリリースされた2枚目の正規(フル)アルバム『WINGS』のタイトル曲『血、汗、涙』のミュージックビデオ。ヘルマン・ヘッセの小説『デミアン』をモチーフにしている。ⓒBig Hitエンターテイメント
自分を語るミュージション
パン・シヒョク氏は、BTSがデビュー前の練習生だった頃から「最近、何を考えてる?」、「何か話したいことはない?」などと問いかけて、メンバーの中にあるものを引き出すトレーニングをしてきた。また、BTSがアーティストになるには、ヒップホップが最適だと判断した。ヒップホップは、歌手が自分の経験を歌詞で語るジャンルだ。したがって、自分のメッセージを持つキャラクターづくりにも効果的だ。ちょうどBTSがデビューした2013年頃、カニエ・ウェストやケンドリック・ラマーといったヒップホップミュージシャンが、大いに注目されていた。BTSの音楽にヒップホップ色が濃いのは、メンバーとパン氏に共通する音楽の好みでもあるが、突破口を見出すためのマーケティングの方向性でもあった。
それまでは、歌とダンスのうまいアイドルが、K-POPファンの人気を集めていた。今でもアイドルには、トレーニングを繰り返して身につけた歌唱力とダンス力が求められるが、もう一つ欠かせない要素がある。それは、社会の出来事を解釈する知的な能力だ。もちろん正解である必要はないが、少なくとも自分の考えを述べる力がいる。アイドルの世界観を論じる時代に、自分なりの考え方や見方を持っていなければ、音楽の主人公ではなく脇役になってしまう。
BTSのメンバーは、デビュー前からそのようなトレーニングを受けてきた。彼らをインタビューしてみると、音楽について自分の考えをよどみなく話す姿がとても印象的だ。普段から読書や思索をして、常に自分に問いかけてきたからだろう。
リーダーのRMは「今の人たちは、とてもレベルが高いと思います。本心と本心ではないものをすぐ見分けます。僕たちは本業に徹し、SNSで僕たちの本当の気持ちをもっと伝えようとしています」と話したことがある。
そのような努力が必要なのは、知識が再定義される時代という環境と無縁ではないだろう。今の時代はファクト(事実)を知っているだけでは、知識人になれない。その機能は、検索エンジンに取って代わられてしまった。これからの時代は、ファクトとファクト、コンテクスト(脈絡)とコンテクストの意味合いを見抜ける人物が求められる。それが新しい知識人だ。コンテンツの制作においても、新しい創意性が求められる。ミュージシャンがそうした能力を身に付けるためには、音楽だけでなく周りの現象や物事を自分の観点で解釈する必要がある。RMとSUGAをはじめBTSのメンバーは、そのような能力を持ったミュージシャンだ。
2018年にリリースされた3枚目の正規(フル)アルバム『LOVE YOURSELF 転 ‘Tear'』のタイトル曲『Fake Love』のミュージックビデオ。この曲は、従来のヒップホップに比べて憂鬱で不安な感性を持つ「エモーショナル・ヒップホップ」に属する。ⓒ Big Hitエンターテイメント
Z世代の代弁者
「ネットユーザーは、本能的にPRコンテンツを拒絶します。だから、面白くなければいけません。ショーを作るのです。格好つける必要はありません。『こんな話はどう?』。その程度でいいのです。小説で言えば、村上春樹でしょうか。認識が介入する前の段階で、受け手に感性を吹き込むことが大切です」。
パン・シヒョク氏が、以前のインタビューで話した内容だ。彼はコンテンツづくりを「人々を愉快にだますこと」だと表現した。パズルや隠し絵のようなものだ。ARMYは、BTSの歌詞の意味を解釈したり、ミュージックビデオに隠されたイメージを探したりして謎解きをする。自発的に「デジタルな遊びの文化」を楽しんでいるのだ。
BTSがZ世代の属性を表している点も、忘れてはいけない。Z世代とは1995年から2005年の間に生まれ、スマートフォンを使いこなし、映像でコミュニケーションするデジタルネイティブを指す。クリエイター、プロゲーマー、コーダー、スタートアップ起業家などに憧れる世代で、親の言いなりの人生ではなく、自分の望む人生を生きる。好き嫌いをはっきりと示し、興味のあることには黙っていないで積極的に意見を述べる。また、他人が作ったものを見るだけでなく、自分でも作ってみる。一言で言えば、何でもやってしまう世代だ。
このようなZ世代を定義する特性は、BTSと共通する部分が少なくない。BTSのメンバーは、自分たちの経験や思いを歌に込めたり、SNSで公開したりする。自分の人生を自分で切り開こうとするZ世代の代弁者にふさわしい姿だ。
BTSのメンバーは今、彼らの20代を過ごしている。RMは「僕たちは、僕たちがうまく語れることを語りました。10代の頃は学校で、20代になってからは青春です。そうした物語が積み重なって『Love Yourself』、『Persona』まで来たのだと思います」と話している。彼らが30代、40代になったら、どんな物語を生み出すのだろうか。ARMYは、知りたくてウズウズしてしまう。
「僕たちは、僕たちがうまく語れることを語りました。10代の頃は学校で、20代になってからは青春です。そうした物語が積み重なって『Love Yourself』、『Persona』まで来たのだと思います」
米国ラスベガスのMGMグランド・ガーデン・アリーナで開かれた「ビルボード・ミュージック・アワード2018」の授賞式で「トップ・ソーシャル・アーティスト賞」を受賞してスピーチするBTS (2018年5月20日) BTSは、2017年から2019年まで3年連続で同賞を受賞し、2019 年には「デュオ・グループ賞」 も受賞した。© Getty Images, Photo by Kevin Winter
BTSの「チャグンアボジ(叔父さん)」
首席プロデューサー Pdogg (ピドッグ)氏 © Big Hit Entertainment
BTS(防弾少年団)のメンバーは、彼を「チャグンアボジ(叔父さん)」と呼ぶ。メンバーの成長に、それだけ大きな役割を果たしたからだ。実際にデビュー作『2 COOL 4 SKOOL 』から最新アルバム『MAP OF THE SOUL :
PERSONA 』まで全てのアルバムに携わっている。
首席(メイン)プロデューサーのPdogg(ピドッグ)氏は、Big Hit エンターテイメントが設立された直後の2007年、パン・シヒョク代表と出会った。BTSのアイデンティティーをヒップホップアイドルとしたため、彼は自分の得意なウェスト・コースト・ヒップホップ以外にも、多くのジャンルを研究しなければならなかった。さらにメンバー全員が、パフォーマンス力に加えて、アーティストとして自分を語る力まで兼ね備える必要があった。
あるインタビューで「死ぬかと思った」と話したほど、グループの礎を築いた時期は厳しいものだった。「あの山もこの山も、全部登ってみた」という言葉も、何度も挑戦して苦労したからこそ今があることを意味している。
そしてPdogg氏は2018年、韓国で音楽著作権使用料を最も多く得たプロデューサーになった。2019年2月に開かれた韓国音楽著作権協会の第56回定期総会で、ポピュラー音楽部門において作詞と作曲の著作権使用料で1位になり、二つのタイトルを獲得したのだ。
BTSの「チャグンアボジ(叔父さん)」
首席プロデューサー Pdogg (ピドッグ)氏 © Big Hit Entertainment
BTS(防弾少年団)のメンバーは、彼を「チャグンアボジ(叔父さん)」と呼ぶ。メンバーの成長に、それだけ大きな役割を果たしたからだ。実際にデビュー作『2 COOL 4 SKOOL 』から最新アルバム『MAP OF THE SOUL :
PERSONA 』まで全てのアルバムに携わっている。
首席(メイン)プロデューサーのPdogg(ピドッグ)氏は、Big Hit エンターテイメントが設立された直後の2007年、パン・シヒョク代表と出会った。BTSのアイデンティティーをヒップホップアイドルとしたため、彼は自分の得意なウェスト・コースト・ヒップホップ以外にも、多くのジャンルを研究しなければならなかった。さらにメンバー全員が、パフォーマンス力に加えて、アーティストとして自分を語る力まで兼ね備える必要があった。
あるインタビューで「死ぬかと思った」と話したほど、グループの礎を築いた時期は厳しいものだった。「あの山もこの山も、全部登ってみた」という言葉も、何度も挑戦して苦労したからこそ今があることを意味している。
そしてPdogg氏は2018年、韓国で音楽著作権使用料を最も多く得たプロデューサーになった。2019年2月に開かれた韓国音楽著作権協会の第56回定期総会で、ポピュラー音楽部門において作詞と作曲の著作権使用料で1位になり、二つのタイトルを獲得したのだ。
表情・ジェスチャーからダンスまで
フォーマンス・ディレクターソン・ソンドゥク氏 © Lee Seung-hee
BTSのダンスの難易度や目標は、とても高い。その全ての振り付けを総括し、パフォーマンスの全体像を描くのが、パフォーマンス・ディレクターのソン・ソンドゥク氏だ。彼はダンスだけでなく、メンバーが舞台でどんなジェスチャーをしてどんな表情を見せるのかまで包括的な指導をしている。
彼の影響力は、非常に大きい。その振り付けを全世界のARMY(アーミー)がまねするからだ。もちろんBTSの振り付けは、彼とBTS のメンバーが一緒に考える。デビュー当初はラップ、ボーカル、パフォーマンスなどメンバーの役割がはっきり分かれていたので、J-HOPEとJIMIN への依存度が高かった。だが、他のメンバーのダンス力が日に日に高まり、全体的なチームプレーとしてバランスが良くなった。
あるインタビューで「ヒップホップにパフォーマンスを取り入れるのが、最初は不自然な感じがした。違和感のないようにするのが、一番大変だった」と話している。今は全ての振り付けがとても自然だが、最初は差別化されたパフォーマンスを生み出すために大変な努力をした。
ソン・ソンドゥク氏は、中学3年生の時から本格的に踊り始め、ダンス歴は20年以上になる。フリーの振付師として、SECHSKIES(ジェクスキス)、Fin.K.L(ピンクル)、神話(SHINHWA)など韓国を代表するグループを担当した。Big Hit エンターテイメントの設立に際して当初から専属になり、2AM、Glam、BTS のパフォーマンスを担当してきた。
7人のファッションアイコンを創出
ビジュアル・クリエイティブ・ディレクターキム・ソンヒョン氏 © Lee Seung-hee
BTS は数年間、練習室、録音室、宿舎を行き来するだけの単調な生活を送っていた。音楽とダンスしか知らない模範生に、クールなヒップホップアイドルのイメージを与えるため、様々な衣装を合わせて感覚的なファッションアイコンに生まれ変わらせた人物がいる。
ファッションデザイナーのキム・ソンヒョン氏だ。Big Hitエンターテイメントに加わって以来、練習生の時からBTSの衣装からアルバムジャケット、映像コンテンツ、舞台のビジュアル・ディレクティングまで、映し出される全てに対してアドバイスをしてきた。
ビジュアルチームとスタイルチームを率いてコーディネーター、グラフィックデザイナー、映像芸術の専門家、エディトリアルデザイナーと共に活動している。そうした創作の結果が、BTS のコンセプトやメッセージにつながり、大きな力を発揮する。
あるインタビューで「『花様年華』のコンセプトを視覚的にはっきり伝えるため、人生で最も美しい瞬間を探そうと、たくさんの映画を見た」と話している。『ドリーマーズ』、『バスケットボール・ダイアリーズ』、『トレインスポッティング』、『いまを生きる』、『Flipped』に加えて、退廃した青春を題材にしたラリー・クラーク監督の映画を見て、感情移入できる要素を見付けたと言う。また、ヒップホップに限らずロックも好きで、時には他のジャンルの音楽から視覚的なインスピレーションを得ることもあると話している。
超現実的象徴と美学的要素のミュージックビデオ
監督・アートディレクター ルームペンス氏© 8seconds
BTSは、SNSでARMYと交流している。彼らにとって音楽は単体で存在せず、映像と結び付くことで驚くべき波及力を発揮する。BTS のミュージックビデオには、再生回数が数億を超えるものもある。
ルームペンス(Lumpens)氏は『血、汗、涙』、『FIRE』、『Spring Day』、『DNA』、『Fake Love』、『IDOL』など、初期から現在までほぼ全てのミュージックビデオを演出してきた。2018年にリリースされて再生回数が5億を突破した『IDOL』のミュージックビデオは、ダイナミックなイメージ構成と華やかな原色の饗宴が続く、楽しい内容だ。このミュージックビデオは、シーンが変わるたびに全く違う雰囲気と印象を与え、一見まとまりがないようにも見えるが、テーマに向かって一貫したストーリーを展開している。
BTS のミュージックビデオには、いくつかの美学的要素が登場する。時には超現実的な象徴や比喩、時には単純な隠し絵などが用いられる。数多くの要素、設定、隠された記号が、ARMY に多彩な解釈の余地を与え、活発なコミュニケーションを生み出している。
ルームペンス氏は「第2のナム・ジュン・パイク」とも呼ばれるビジュアルアーティストだ。『MAP OF THE SOUL :
PERSONA 』のトレーラー(予告映像)「PERSONA」では、デジタル・ヒューマノイドでSF映画のような演出をするなど、最先端の撮影技術によって巨大なRMのペルソナを完成させた。