緑豆の粉に少しずつ水を加えてよく練った生地に、各種野菜や豚肉を入れて、よく熱したフライパンできつね色に焼いて食べるピンデトックは、カリッとして香ばしい風味が独特な韓国の伝統料理だ。
小麦粉を使ったチヂミ料理とは違い、緑豆を使ったピンデトックは韓国の代表的な「コッパソッチョッ(外はカリッと中はふわっ)」とした料理だ。
韓国で食べ物の味を説明する表現に「コッパソッチョッ」というのがある。「外はカリッと中はふわっ」という文章を短くした言葉で、主として熱々で、カリッとした食感のフライ料理やジョン料理の味を表現する場合に使われる。その「コッパソッチョッ」の代表的な料理がピンデトックだ。
カリッとした味が絶品
ピンデトックは広い意味では「ジョン」あるいは「プッチンゲ」と呼ばれるチヂミ料理の一種だ。プッチンゲは大きなフライパンに油をたっぷりひいて各種野菜や肉類、魚などの材料に小麦粉や溶き卵をまぶして油で焼く料理のことで、韓国ではお祝いの席や旧正月などの年中行事の席に欠かせない伝統料理だ。
ピンデトックが一般のプッチンゲと違う点は、小麦粉の代わりに石臼で挽いた緑豆が使われていることだ。水でふやかしてから挽いた緑豆にナムルや肉などを入れた生地を、油をたっぷり引いた厚い鉄版に厚めに流し入れて、油で揚げるように焼きあげる。強火で焼いたピンデトックはプッチンゲよりも表面はカリッとしているが、これは緑豆の質感が小麦よりも固めだからだ。一般のプッチンゲが薄く柔らかい食感に近いとすれば、ピンデトックはボリュームがあるサクッとした歯ごたえが特徴だ。油で揚げるようにして焼きあげるピンデトックは、一口食べると口の中に香ばしい風味が広がる。また緑豆がもつ特有の青臭さは他の材料と調和を図ることで、そのうま味を倍増させる。
ピンデトックに入る食材はワラビ、モヤシ、長ネギ、キムチ、青唐辛子がメインとなる。しかし、同じピンデトックといっても家庭ごとに材料は異なる。昔、多くの材料を入れる金持ちの家では、各種ナムルやキムチに豚肉まで入れて作ったが、貧しい家では緑豆の生地だけを油で焼いて食べたものだ。それでも食べるのがやっとの時代にはピンデトックほど値段が安く、手軽に作れる料理もなかった。
ピンデトックの由来
300度を越える熱く熱した鉄板に油を十分に引いてから、豚肉と各種野菜の入った生地を流し入れて、油で揚げるように焼き上げるとカリッとして香ばしい風味に仕上がる。
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ピンデトックの由来については諸説ある。祭祀の膳に油で焼いた肉を高く積みあげるが、その際に下に敷く台の代わりにピンデトックを小さく焼いて使っていた。その後、貧しい人々のための料理として大きさも食べ応えるがあるように大きくなり、名前も「ピンジャ(貧者)の餅(トック)」となったという説がある。また客人をもてなすという意味の「ピンデ(賓対)」から、ピンデトックと呼んだという説もある。朝鮮時代には凶作になると当時の実力者がピンデトックを作って、南大門の外に集まる流浪民に「あるお方からの施しだ」と言って投げ与えたという。
確かなことは、ピンデトックをよく食べていた地域は北朝鮮の平安道と黄海道で、1950年の韓国戦争の後、故郷を失い韓国にやってきた北の人々と共にピンデトックの歴史も始まったということだ。日本の植民地時代から韓国戦争を経て、韓国の多くの公共機関と家庭は崩壊したが、廃墟となった家や商店に北から逃げてきた人々が住み着きクッパブ(汁ものにご飯を入れたもの)、プチンゲ、マッコリなどを売り始めた。当時のピンデトックは故郷と家族を失った多くの人々の悲しさ、ひもじさを慰める哀愁の食べ物であり、安価でお腹を満たした庶民の料理だった。
万人が愛する料理
ソウル中区乙支路や広蔵市場では40~50年は軽く超えるほど年季の入ったピンデトックの店が未だに盛業中だ。
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ピンデトックを本格的に調理するにはラードと呼ばれる豚の脂を使わなければならない。食用油やゴマ油を使ったものとは比較にならないほどに香ばしくなり、味にもコクが出るからだ。300度を超えるような熱い鉄板にラードを十分に回し入れてから、豚肉と各種野菜が入った緑豆の生地を流し入れて油で揚げるように焼き上げると、言わずと知れた「コッパソッチョッ」な食感に香ばしいラードが良く染み込んだ美味しいピンデトックができあがる。
ソウル中区乙支路や広蔵市場には、40~50年以上は経過していると思われる古くからのピンデトックの店がある。3代目が継いでいる「パク家のピンデトック」は、ピンデトックを伝統的な方式で厚く焼いている店で、ピンデトックにピョンユク(薄くスライスした茹で肉)とオリクルジョッ(生ガキの塩辛)をのせて食べる「サムハプ」料理で、今も繁盛している。香ばしくふっくらとしたピンデトックには、ピョンユクと辛いオリクルジョッが実によく合う。
パク家のピンデトックや広蔵市場以外にも、ソウル各地には未だ命脈を保っている古くからのピンデトックの老舗がたくさんある。大部分の店が厚くて平たい鉄板で一日中「ジュウジュウ」と音をたててピンデトックとプチンゲを焼いている姿を、窓ガラス越しに眺められるように開放型の厨房になっているのが特徴的だ。道行く人々はピンデトックの美味しそうな匂いに誘われてやってくる。ピンデトックを熱心に焼いているアジュマたちの姿は、それ自体がパフォーマンスとなっている。
様々な味を楽しむ
ピンデトックには様々なトッピング材料を用いることができ、多種多様なメニューへの応用が可能だ。またしっかり火を通す料理なので、肉類や野菜、海産物などどんな材料を入れても大丈夫だ。
40年以上フランチャイズビジネスを安定的に展開しているピンデトックブランド「JBD鍾路ピンデトック」は、キムチピンデトック、タコピンデトック、牡蛎ピンデトック、海産物ピンデトックなど様々な種類のピンデトックメニューを提供している。香ばしい緑豆の味がベースになっているので、どんなトッピングでも魅力的な味に仕上がる。特に牡蛎をたっぷりのせてからカラッと焼き上げる牡蛎ピンデトックは、牡蛎特有の香りと香ばしい緑豆の味がマッチして、外国人にも人気のメニューだ。
ピンデトックはマッコリとも相性の良いメニューで、一時マッコリとピンデトックを組合わせたセットメニューが市場にたくさん出回った。現代的なインテリアに、おしゃれに盛り付けられたピンデトックメニューが誕生したり、昔ながらの感性を生かした復古調の店まで、そのコンセプトも実に多彩だ。最近ではさまざまにアレンジしたピンデトックメニューが全国各地で生まれており、数十種類の伝統酒と一緒に提供している韓食居酒屋も人気を得ている。
健康食としても人気
ピンデトックは韓国戦争後に大衆化されはじめたストリートフード、思い出と哀愁にあふれた庶民の食べ物という印象から、歴史的なストーリーテリングを背景に現在でも「国民の酒の肴」として「国民のおやつ」として愛されている。
その上「健康食」というキーワードまで加わり、現在はウェルビーイング食品としても注目されている。ピンデトックの主材料の緑豆が解毒・解熱作用だけでなく、皮膚疾患や腎臓機能の強化にも効果的だということが知られ、緑豆ピンデトックをレトルト食品やHMR(ホーム・ミール・リプレイスメント)商品として売り出す会社も増えている。油を十分に引いたフライパンに冷凍状態のピンデトックをそのままのせて焼きさえすれば、家庭でも手軽に作って食べることができる。それに合理的な価格で、食堂と比べても遜色ないピンデトックが家庭で簡単に味わえるので、売れ行きも好調だ。
ファン・へウォン黄海嫄、月刊外食経営 編集長
イ・ミニ李民熙、写真家