真夏に食べる冷たい冷麺は、夏バテ気味で食欲がない時に、食欲をそそるとともに元気も与えてくれる。冷麺の主な原材料であるソバが、他の穀物に比べてはるかに多くの栄養素を含んでいるからだ。韓国人はソバの実を挽いてムク(寒天状のもの)を作って食べたり、チヂミにして食べたりもするが、何といっても冷麺が一番人気だ。
氷が浮いており見ただけでも涼しくなる平壌冷麺。茹でたばかりの蕎麦を冷たいつゆにいれて食べれば、蕎麦の弾力ある食感がたまらない。© 聯合ニュース
南北首脳会談が開かれた2018年4月27日、気温は22度を超えていた。文在寅(ムン・ジェイン)大統領と金正恩(キム・ジョンウン)国務委員長が板門店で、冷たいつゆに入った麺を食べる様子が国内外に報道され、多くの人々の視線を集めた。そしてその様子を見た人々はその後、冷麺店の前に長い列を作った。さらに、インスタント冷麺の販売量も3倍以上増えた。
今では夏の料理として定着しているが、もともと冷麺は冬の麺料理だった。冷蔵庫がなかった時代には、冷たいつゆを作る氷やトンチミ(大根の水キムチ)のつゆが、冬場にしか手に入らなかったからだ。また麺の材料であるソバを晩秋に収穫することも理由の一つだった。ソバは2~3カ月で育ち収穫できるが、夏に収穫すると貯蔵しておくのが難しい。大部分の穀物の2倍近い脂質が含まれているため変質しやすいからだ。低温で貯蔵できる冬ならばなんとか長期保管が可能だったので、夏に種をまいて晩秋に刈り取るのが、時期的には一番都合が良かったのだ。
季節の風物
細く切ったキュウリと大根、ガンギエイの和え物が、甘辛いヤンニョム(韓国風たれ)と一緒に出てくる咸興冷麺。麺の材料として片栗粉を使っているので、平壌冷麺より麺が細く、食感も腰がある。© ニュースバンク
冷麺が冬の味とされるのは、寒い冬の夜に温かいオンドル部屋に座って食べる冷たいつゆの風味のためだという。1929年12月1日付の大衆雑誌『別乾坤』に掲載されたキム・ソジョ(金昭姐)という人の冷麺称賛論だ。
「薄氷の浮いた秘蔵のキムチのつゆに一箸、二箸麺をつけ、口に運んでその冷たさにブルッとふるえ、あわててオンドル部屋の一番温かいアレモクに行く。平壌冷麺のこの味を味わったことのある人よ。さあ想像してみましょう」
こんな逆説的な楽しさは、1973年1月11日付の東亜日報の記事にも見られる。国家無形文化財第17号鳳山タルチュム芸能保有者のキム・ソンボン(金先峰、1922~1997)氏は、息子との対話の中で、休戦ラインの向こうの故郷黄海道の冬をこんな風に思い出している。
「夜遅くなるまでユンノリ(スゴロクの一種)をして遊び、夜食として氷ったトンチミに麺を入れて雉肉をのせて食べるんだ。その美味しいことといったら。布団を首までかけて、つるつると音をたてて食べると、上半身では歯に凍みてぶるぶる震え、下半身は部屋の床が熱くてポカポカ心地よく……」
最近ではマックッスを江原道の料理だと思う傾向があるが、上の記事にある通りマックッスは、冷麺と同じ料理だ。マックッスという名前については二つの説がある。一つはマッ菓子(駄菓子)、マッ焼酎(どぶろく)のような、素朴な食べ物を指しているという説だ。もう一つはソバの実を脱穀してマッ(すぐに)つくった麺という意味から由来したという説だ。どちらも一理ある話だ。外皮を完全に剥かないソバの実を混ぜて作る蕎麦の食感は「マッ(無茶苦茶、乱暴 )」という接頭語の意味のように荒々しい。またソバは、製粉したばかりのものをすぐに蕎麦にして料理しなければならない。ソバの中の脂質は分解しやすく、揮発性の風味物質は熱を加えると消えてしまうからだ。まちがって製粉機が過熱でもしたらナッツ類のような香ばしい香りは消えてしまう。それで収穫したばかりのソバや低温で保管しておいたソバの実を脱穀・製粉して使用するのが一番だ。そして打ったあとはすぐに調理しなければならない。捏ねるほどグルテンが固まり腰が出てくる小麦粉とは違い、ソバはグルテンが含まれていないからだ。
ソバは80%を占める澱粉、14%のたんぱく質と若干の粘液質で出来ており、捏ねることで結合はするものの不安定だ。それでソバの結合力を補完するために澱粉や小麦粉を混ぜたりするが、配合によって麺の食感が違ってくる。風味と食感をよくするには、蕎麦打ちをしてすぐに麺枠を通過させなければならない。南北首脳会談の晩餐のために平壌の玉流館から板門店まで製麺機を持ってきた理由でもある。製麺機にかけて麺にしてから、すぐに沸騰したお湯に入れて茹でなければならない。蕎麦の茹で時間は2~3分で十分だ。タイミングを逃すとすぐに伸びてしまう。手早く取り出して氷水のように冷たい水で洗うが、これはゆで過ぎを防ぐと同時に、表面のでんぷんを洗い流して蕎麦同士がくっつかないようにするためである。さらにどのように盛り付けるかによっても食感が違ってくる。冷たいつゆに入れて食べる時には腰があって弾力が感じられ、甘辛いヤンニョムで混ぜるピビン麺にするときには柔らかい。
蕎麦は2~3分でゆであがる。タイミングを逃すと伸びてしまう。手早く取り出して氷のように冷たい水で洗うが、これはゆで過ぎを防ぐと同時に、表面のでんぷんを洗い流して蕎麦同士がくっつかないようにするためである。さらにどのように盛り付けるかによっても食感が違ってくる。
グルメ論争
伝統の麺枠を利用してマックッスの麺を作っている。ソバにはグルテンが含まれていないので、捏ねた後はすぐに製麺機にかけなければならず、麺はすぐに熱いお湯で素早く茹でないと伸びてしまう。© 聯合ニュース
スンメミルは主に、炒ってソバ茶にして飲む。中国とネパールをはじめとするヒマラヤ高山地帯で栽培された品種で、普通のソバよりもルチンが平均70倍以上含まれており健康食品として脚光を浴びている。最近、国内でもスンメミルが栽培され始めた。© ネイバー知識百科
夏に杵でついて蕎麦を作っていた作業は、今や人の手から機械に代わり、冷蔵・冷凍技術の発達で冷麺は、一年中いつでも食べることのできる料理となった。『別乾坤』1931年7月号にすでにこのような説明がのっている。
「平安道のようなところでは、夏よりも冬の冷麺がよりおいしく風情があると知られているが、ソウルでは夏に冷麺をよく食べる。いや平安道でも実際には夏に多く食べられている。それはともあれ、夏に冷麺を食べる人なら冷麺専門店に行くのは当然のこと。ソウルにも冷麺専門店がどんどん増えている。値段はどの店でもだいたい15銭くらいだが、味はその腕によってさまざまだ」
冷麺は今日でも、韓国でグルメ論争の最も熾烈な料理の一つだ。数年前に「麺スプレイン(麺とエクスプレインの合成語)」という新造語まで登場したほどだ。合成語「マンスプレイン(mansplain)」という言葉は、女性より男性がもっと知識が豊富で、何かを他人に詳しく教えてやろうという行為のことだが、「麺スプレイン」もやはり何が本物の冷麺なのかを教えようとする行為を意味している。
論争の中心には依然として平安道式冷麺、すなわち平壌冷麺がある。現在、平壌で食されている冷麺は平壌冷麺なのか、ソウルで食されている冷麺が原型に近い本物の平壌冷麺なのかから始まり、麺とつゆに対する論争、酢と辛子に対する論争、具に対する論争などが綿々と続く。冷麺を美味しく食べるには「先酒後麺」の原則を守らなければならないと講釈を垂れる人もいる。プルコギ、鶏の和え物、茹で肉のような酒のつまみで酒を一杯飲んでから食べるのが本当の冷麺の食べ方だというのだ。間違いではない。グルメをきちんと楽しむには、お腹が適当に満たされた状態でなければならないからだ。
地域別の味
しかし、冷麺の真味に対して些細な規則にとらわれる必要はない。実にいろいろな種類の冷麺があるからだ。朝鮮戦争の後、北朝鮮を離れて韓国に定着した人々が広めた食べ物ではあるが、ソウル、義政府、仁川の平壌冷麺がそれぞれ違い、大田、大邱の平壌冷麺がまた違う。鎮州には海産物のつゆに肉のジョンをのせる鎮州冷麺があり、釜山にはソバ粉の代わりに100%小麦粉で作るミル麺がある。
冷麺の代わりにマックッスという名称を主に使用する江原道でも地域によって麺、つゆ、具の種類が違う。大関嶺を基準として西側の嶺西地方では、白色のきれいなソクメミル(ソバの外皮を取り除いたもの)を使い、東の嶺東地方では、コッメミル(ソバの外皮がそのままのもの)を混ぜて素朴で色も黒っぽい麺を使う。つゆも地域によってトンチミ、肉味、醤油味というように違う。休戦ラインのすぐ下の海岸地域の束草では、北朝鮮の咸鏡道から来た人々が故郷の味を懐かしみ、スケトウダラの刺身を具としてのせて唐辛子味噌のヤンニョムで混ぜて食べる刺身冷麺が有名だ。
最近では一般のソバより味が苦く、スンメミル(ダッタンソバ)と呼ばれる新品種を使った蕎麦の消費も増えている。本来ソバにはルチンという抗酸化物質が入っている。ルチンは血管を丈夫にして柔軟性を維持するのに役立つフラボノイドだが、一般のソバよりもスンメミルには20倍から100倍ほど多く含まれているという。苦味を減らしながらルチンの含量はそのまま維持する加工方法に対する研究も活発だ。夏に冷たい蕎麦で暑さを凌ぐグルメたちにとっては何よりの吉報であろう。