「ワンルーム、2K、自炊可能間借り、フルオプション・ルーム、新築ワンルーム…」
大学街の裏通りの塀や電柱、街路樹、バス停留所、商店のシャッターなどに貼られた張り紙が風に揺れている。しかし、マスクをつけて行きかう人々は何の関心も払わない。大学街周辺は静寂に包まれてれている。
コロナ禍の長期化により大学街の賃貸住宅のオーナーは、いずこも困難に陥っている。非対面授業への転換により大学街から学生の姿が消え去り、それとともにワンルームの需要も減少、あるいは完全に無くなってしまった。中国人留学生はずいぶん前に自国に帰り、それまで部屋を使っていた地方出身の学生たちも帰省し始めた。対面授業が再開され学生たちが戻ってくるのを待つ間、部屋代は全般的に大きく下落した。
昔は地方から上京した学生たちのほとんどが大学周辺に下宿した。間借りして一人自炊する生活に比べて、下宿はいろいろと利点が多かった。家族と離れて知らない土地で暮らさなくてはならない学生たちにとって、下宿屋のおばさんが作ってくれる温かいご飯と豊富な種類のおかずを食べることができ、人情に篤いおばさんたちは、洗濯や掃除までしてくれた。学生たちはそんなおばさんの優しさの中で寂しさや孤独を癒し、安らぎを得ていた。同じ下宿に暮らす先輩・後輩はまるで兄弟姉妹のように親しくなった。下宿暮らしには、農耕社会の大家族制度の共同体の情緒が残っていた。
しかし、そのような風景はだんだんと思い出の中に消え去っていった。1980年代以降、全国的に大学と大学生の数が急激に増加し、一つ屋根の下に家族のように暮らす下宿では、学生の需要に対応することが難しくなってしまった。さらに過去の家族的な共同生活より、個人のプライバシーをより重要視する社会の雰囲気が加わり、一人暮らしが増えたことで大学街にも全世帯ワンルームの新築物件が建ち始めた。それにより大家と学生の家族的な人間関係は、賃貸人と賃借人の関係に取って代わってしまった。さらに最近では、新型コロナウイルスによるソーシャル・ディスタンスまで加わり、大学街のワンルーム界隈から若者の姿が消えてしまった。
南向きの小さなベランダと必要最低限の台所、狭くとも清潔な浴室、クローゼットと机、そして小さなベッドが一つ… 若者の夢と苦悩と情熱に満ちていたワンルームは、ガランとしたまま、強烈な夏の陽射しに占有されている。夏が終わり2学期が始まれば、この部屋に希望を抱いた新しい住人がやって来るだろうか。