視聴者は仮面をかぶった正体不明の出演者の絶唱に熱狂し、音痴だと思い込んでいた一般人出演者の驚くべき歌唱力とエピソードに感動の涙を流す。音楽のもつ力である。しかし、ときには過度の娯楽性とルーズな進行が観る側に疲労を感じさせたりもする。
「う わっ、まさか!信じられない」《覆面歌王》(MBC)の第3ラウンドを見守るなか、思わず歓声をあげてしまった。ブファル(復活:韓国のバンド)の「雨とあなたの物語」と、イム・ジェボムの「コヘ(告解)」を見事に歌いあげた「ボンゲ(雷)マン」が、伝説的なロックバンド、スチールハートのボーカル担当のマイク・マティアビッチだなんて!宇宙の違う星に住んでいると思っていた彼が、韓国のテレビ番組に出演したという事実に、感激で私の胸は高鳴った。彼は惜しくも決勝進出には及ばなかったが、傍聴客は世界的なヒット曲「She’s Gone」をオリジナル歌手の生歌で聴ける幸運に恵まれた。観客も一緒になって歌い、傍聴席は興奮と熱狂に包まれた。
推理が加わった音楽ショー
韓国MBCテレビの日曜日夜のバラエティ番組《覆面歌王》で、5月29日現在9連勝を果たした「音楽隊長」のカリカチュア。出演者は歌のコンテストで負けるとマスクを外して正体を明かす。
《覆面歌王》は、テレビサバイバルオーディション番組である。2009年音楽専門放送局、エムネット(Mnet)の「スーパースターK」が火付け役となったリアルオーディション番組は、これまでさまざまな形で進化してきた。一部番組は短命に終わったが、《私は歌手だ》、《ヒドゥンシンガー》をはじめ、概ね高い視聴率を記録し、大衆音楽の裾野拡大に貢献したと評価されている。
昨年リリースした《覆面歌王》と《君の声が見える》(Mnet, tvN)は、推理の面白さが加わった新しいスタイルのサバイバルオーディション番組として注目を集めている。《覆面歌王》には、歌手を初めとする有名人が出演し、《君の声が見える》には一般人が参加する。前者は、歌が上手い人同士の競演であり、後者は歌の上手い人と下手な人を見分けるクイズである。両番組の共通点は、それぞれ芸能人パネラーの判定団、または招待歌手が推理をするという設定である。前者は覆面の人物が誰なのか、後者は出演者が実力者なのか音痴なのかを推理・判定する。
《覆面歌王》には、計8人が出場し、4組に分かれて1対1の対決を行う。各組で勝った人がトーナメント方式で進出する仕組みである。4週間にわたって、第1、2、3ラウンドを経て歌王決勝戦を行うが、競争に破れた出演者はその場で覆面を脱ぐ。既存の歌王を制覇した優勝者は、新しい歌王になって黄金色の歌王マスクを受け継ぐ。次回の放送では、新しい出演者8人が同じ方式で王に挑戦する。各段階の勝者は、芸能人判定 団と一般人聴衆の投票で決まる。
予想外の快感
最初は一体何だろうと思った。おかしなマスクに幼稚なニックネーム。さらに、滑稽な服装は対決の緊張感を低下させ、音楽への没入を妨げている。風変わりには見えるが中途半端な感じがした。さて、世間の注目のきっかけは、「覆面クレオパトラ」の4連勝であった。覆面の主人公がポピュラー音楽のファンの間で、「ボーカルの神様」呼ばれるキム・ヨヌという噂が少しずつ広がって人気を集めた。以降、「コスモス」(歌手GUMMY、4連勝)、「キャッツガール」(ミュージカル俳優チァ・ジヨン、5連勝)、「音楽隊長」(歌手ハ・ヒョヌ、9連勝)が連勝記録を続けて話題を集めた。
チョ・ジャンヒョク、シン・ヒョボム、チョ・グァヌなどトップクラスの歌手たちの登場と、若者に人気のあるアイドルグループメンバーらの驚くべき歌唱力も人気の一因となった。
《覆面歌王》の見所は予想外の結果にある。たとえば、序盤に脱落した人が有名歌手だとか、歌手顔負けの俳優やアナウンサー、スポーツ選手、あるいは外国人であることが明らかになった途端、視聴者は驚きとともに予想を裏切られた快感を感じることになる。
一方、短所はルーズな進行と長時間放送だ。芸能人判定団のコメントは番組の面白さを高める一因ではあるが、似たり寄ったりのコメントや、くだらない雑談は番組の集中度を低下させる。シナリオ通りに動いているように見える覆面の出演者がぎこちないモノマネや、芸能人パネラーと司会者がやり取りするつまらない冗談も同様である。《覆面歌王》の放送時間は1時間40分。8人がトーナメント方式で争って勝者を選ぶに余りある時間である。歌以外の要素を少しだけ減らせばの話だが。
平凡な一般人が作り出す感動の舞台
Mnet、tvNの《君の声が見える》は、出演者が実力者なのか音痴なのかを当てるクイズショーである。
《君の声が見える》は毎回招待歌手が出演して、7~8人の一般人出演者の中から誰が実力があり、誰が音痴なのかを選ぶ番組である。《覆面歌王》の芸能人判定団と似たような音痴判定団がさまざまな推理で招待歌手の判断を手助けする。歌を歌う前までは実力がわからないため、予想外の結果になる場合が多い。
《覆面歌王》と同じように計4ラウンドにわたって行われるが、ラウンドごとに推理の手がかりが異なる。第1ラウンドの手がかりはルックス。やや無理な設定ではあるが、出演者のおのおののポーズを見て、音痴2人のめぼしをつける。第2ラウンドでは残りの出演者たちの口パクするのを見て判断する。その時に、実力者は自分の声に、音痴は人の声にあわせて口パクする。第3ラウンドでは写真や文書、周りの人のインタビュ-など、さまざまな証拠に基づいて判断する。最終ラウンドで実力者に選ばれると、招待歌手とのデュエットで舞台に上がる栄光を得る。その時、本物の実力者ならば音源発売の機会が得られ、音痴であるならば500万ウォンをもらう。
《君の声が見える》は《覆面歌王》より期待はずれの度合いが大きい。
歌が下手だろうと思われた人、音痴だと予想された人がとんでもない実力の持ち主であることが明らかになる瞬間、視聴者は衝撃と快感を同時に感じることになる。そのターゲットが主婦、サラリーマン、食堂の従業員、宅配のバイト生など、平凡な普通の人であるからこそ感動は大きいのである。大部分、現実の壁にぶつかって歌手の夢を諦めた人たちである。
今年1月下旬に終了したシーズン2では、「高音導師」のキム・チョンイル(チャイナレストランの従業員)、「シンパラム博士」のチェ・ヒョングァン(韓国水資源公社の職員)は鳥肌の立つような高音で視聴者を驚愕させた。また、「エイミワインハウス」のムン・スジン(女子高生)のディープで魅力的なハスキーヴォイス、「回答しろ三千浦(サンチョンポ)」のチョン・サングン(大学生)の穏やかながらも響きのある中低音、そして韓国伝統音楽(国楽)と歌謡曲の絶妙な調和を見せた「リンゴお嬢さん」のイ・ユナ(国楽歌手)のさわやかで清い音色が際立った。
音楽性と娯楽性
《君の声が見える》の短所は、行過ぎた娯楽性である。いくら面白さにこだわるバラエティー番組とはいえ、音痴な人たちが千篇一律に、「音痴であることを見せ付けてやる」といわんばかりに大げさに歌う姿には目に余るものがある。不自然さは不快感を呼びおこし、面白さと感動を損なう。また、何事も似たようなパターンが繰り返されると嫌気がさすものである。番組が進化するほど視聴者も進化するから。
両番組は、中国とタイにフォーマットが輸出され、1月からタイで、3月から中国で放送され話題を集めており、アジア地域のほかの国々も現地版の制作を計画している。他の国ではそれぞれどのように変化していくかが注目される。