1日24時間働く最も忙しい家電製品の冷蔵庫。その中はご主人の食生活や嗜好、ひいては交友関係や恋愛状態まで覗き込めるという非常にプライベートな空間である。結婚した娘の家の冷蔵庫を勝手に開けるのもちょっと憚れるというのに、有名人の家庭冷蔵庫を大衆の前でありのまま公開し、その中の食材で料理対決をするテレビ番組がある。
最近環境部が発表したある統計によると、韓国の家庭の冷蔵庫には平均34種類の食べ物が保存されており、そのうち野菜類の12.5%、果物の5.7%、レトルト食品の4.1%が捨てられる。韓国のケーブルテレビJTBCの番組『冷蔵庫をよろしく』は、有名芸能人、スポーツ選手、ファッションモデルの冷蔵庫をそのままスタジオに移動させて、視聴者の目の前で扉を大きく開いたあと、その中の食材だけでシェフたちが15分間、料理対決をするというユニークなアイデアの料理番組が最高視聴率を記録している。
シェフテイナーの誕生
「冷蔵庫の残り物で超簡単おいしいレシピ!」
「韓国随一のシェフがあなたの冷蔵庫に眠っている食材をフル活用して差し上げます」。
2014年11月17日の初回放送は、二人の男性MCによる華々しいオープニングコメントとともにスタートした。昨年 10月に放送100回目を迎えて、今なお人気を博している番組のアイデンティティは、オープニングコメントそのままを反映している。同番組にレギュラー出演する某シェフは、初放送を控えて制作スタッフとの打ち合わせを終えた後、長くても6回は超えないだろうと予想したという。
果たして芸能人の誰が自分の冷蔵庫をわざわざスタジオまで運び、公開するだろうか。また、プライドの高いベテランシェフ同士の料理対決というプログラムがシェフたちに受け入れられるだろうか。さらに、15分以内で作れる料理がどれ程あるだろうか等々、懐疑的な見方が強かったようだ。
しかし『冷蔵庫をよろしく』は、 2015年が「クックバン」(cookとバンソン〈放送〉の造語)年として位置づける上で決定的な役割を果たし、JTBCの看板バラエティ番組として様々な賞を総なめした。このような流れを受けて、アジアを視野に入れたフードバラエティを制作するために設立した某コンテンツ制作会社では、同番組のチーフプロデューサーをスカウトし、また中国ネット企業のテンセントと共同制作したリメーク番組『拜托了冰箱』(冷蔵庫ください)は、シーズン2まで放映された。
番組の人気が高まるにつれて、最初の憂慮とは裏腹に出演を希望する芸能人が相次いだ。、チェ・ヒョンソク、サム・キム、イ・ヨンボク、ミカエルなどレギュラー出演するシェフたちも料理の実力とは別に、個性溢れる魅力的なキャラクターを演出し、「シェフテイナー」(シェフ+エンターテイナー)として位置づけられた。
特にこの番組で目を引くのは、料理人たちが人気レストランの厨房を率いる有名男性シェフだということ。女性料理研究家による調理の手順を丁寧に説明する伝統的な料理番組とは一線を画している。唯一の女性シェフ、パク・ヘリ氏は、アメリカの料理大学「CIA(The Culinary Institute Of America)」出身で、元大リーグ野球選手の朴贊浩(パク・チャンホ)氏の妻。韓国のクックバンは男性陣が牽引している格好だ。
芸能人の日常を覗き見
冷蔵庫は番組収録の前日、ゲストの台所から運び出す。彼らは冷蔵庫がなくて夕べはビールも飲めなかっただの、ミネラルウォーターも飲めなかっただのと冗談交じりに不平を漏らしたりもする。冷蔵庫はアイスボックスに移した中身とともに引っ越し業者のトラックでスタジオに移動させた後、前もって撮っておいた写真に従って元通りに復元する。ゴム手袋まではめたMCたちが「捜査」に突入し、冷蔵庫の持ち主と中身をネタに意地悪な突っ込みを通して笑いを誘い、番組前半を盛り上げる。
少女時代のメンバー、ソニーの冷蔵庫からは飲み残しのマッコリとビニール袋に包まれたソルロンタンが出てきたり、「ファッショ二スター」として知られた芸能人、キム・ナヨン氏の冷蔵庫からは死んだアリ入りのはちみつが見つかったりした。ウナギエキスだの玉ねぎエキスだの健康補助食品で埋め尽くされた冷蔵庫にも見慣れた。賞味期限から数年たった食材はいつものことで、食べかけのチョッパル(豚足)の骨、悪臭を放つ白身魚のジョン(ちぢみ)、カビの生えた肉、熟れすぎてグジャグジャのイチゴなどを見て、芸能人の日常生活を覗き見したいという願望のあった視聴者たちは、人気アイドルも食事をとる時間さえない物寂しい青春だということを感じる。それでもテレビに映るというのに、それだけ整理されていない冷蔵庫の中を平気で見せられるのか。制作スタッフは、「手つかずのまま放って置かれた冷蔵庫の状態こそが面白さのポイントだということを知っているため、冷蔵庫丸ごと運搬する場合が多い」と説明した。
有名シェフを夫にもつ女優、ソ・ユジン氏とビックバンのメンバー・G-ドラゴンの冷蔵庫のように、松露キノコ(マツ林の地中に発生する卵形のキノコ・日本のトリュウといわれる)、フォアグラ、キャビアの世界三大珍味などが入っていて、シェフたちを興奮させる場合も時にはある。しかし、有名人の冷蔵庫もだいたい平均的な韓国人の冷蔵庫の中身と大差ないということを見せつけてから、本格的な料理対決に突入する。
息詰まる15分間の熱戦
JTBCテレビの人気の料理トークショー『冷蔵庫をよろしく』に出演した「シェフテイナー」たちが有名芸能人の冷蔵庫に入っている食材で即興料理対決をしている。
「冷蔵庫の残り物で超簡単おいしいレシピ!」
料理のテーマは、その日の冷蔵庫の持ち主が注文する。コンサートを控えた某歌手は、甘くも塩辛くもなく食べやすいもの、しかしながら元気が出る料理を注文する。年老いた母の話をして涙ぐむ俳優は、母の誕生日に作って上げるヘルシーフードを学びたいと要請する。誰かにプレゼントされて冷凍庫いっぱいに詰まっているが、なかなか食べる気になれないし、かといって捨てることもできないトウモロコシや半乾燥スルメの料理をお願いしたりもする。
ここから番組は料理を題材にしたスポーツ中継に変わる。15分にセットされた電光掲示板の時計の針が刻々と時をきざむ張りつめた雰囲気の中で、シェフたちは包丁を自在に操り華麗なパフォーマンスを披露する。MCのキム・ソンジュは、卓越したスポーツキャスターとしての持ち味を見事に発揮して臨場感あふれる対決場面を中継する。その場で練った生地でパスタを作っ
たり、様々な漢方薬を入れた釜めしを炊いたり、生高麗人参を和えたり、わかめスープを作ったりするなど、果たして15分以内に料理は完成するのだろうか。とても信じられない光景を目の当たりにする視聴者の最大の疑問に対し、シェフたちはきちんと「本物」で答えをだす。しかし、タイムプレッシャーでシェフの手が震える場面もたまに見られたり、キャリア43年の中華の巨匠、イ・ヨンボク氏が包丁で指を切ってしまったこともあった。
ついに出来上がった料理を冷蔵庫の持ち主が慎重に試食し、勝敗のボタンを押して勝者を決める。勝ったからといって賞金があるわけでもなく、せいぜい小さな星形のバッチ一つを胸につけてもらうだけなのに、ミシュラン一つ星レストランの総括シェフ出身の某シェフは、「ミシュランの星をとった時よりうれしい」と大喜び。
放送後に話題になるのはプロのベテランシェフより、むしろ唯一のアマチュアであるウェブコミック作家、キム・プンの料理である場合が多い。「自炊料理」のプロというキャラが定着したキム・プンは、大雑把な作り方をしていながらもゲストの口に合わせた料理を作ることで勝率をあげている。使える食材がほとんどなかったINFINITE(インフィニット)のメンバー、ソンギュの冷蔵庫でキム・プンがつぶしたトマトと卵の水煮だけで作った超簡単レシピは、「トダルトダル」(トマトとダルギャル放送〈卵〉の頭文字で作った名前)という面白い名前が付けられ、「SNSで最も手軽にマネできる料理」に選ばれている。
家庭でも素早くマネできる15分簡単レシピを紹介するというのも、最初の制作意図の一つだった。しかし、高い視聴率と話題性にもかかわらず、同番組で紹介された料理を作ってみたという主婦はそれほど多くない。韓国随一有名なシェフたちの白熱した真っ向勝負の末に出来上がった料理を、一般の台所で応用するには無理があるのだろう。正確なレシピの提示が難しいことも残念なところだ。しかし、雨後のタケノコのように次から次へと生まれるクックバンの中で、視聴者は賢く必要な部分だけをチョイスする。例えば簡単なレシピは、料理バラエティ番組『お家ご飯ペク先生』や『今日は何を食べようかな』、『三食ごはん』などから得て、『冷蔵庫をよろしく』からはアイデアとソース、プレーティングなどをヒントにするといった具合だ。
1960年代に韓国で初めて登場した家庭用冷蔵庫の容量は120リットだったのが、だんだん大型化して、今では900リットルを越える4ドア冷蔵庫まで販売されている。家族が減り一人暮らしの世帯が増えても尚、韓国人は大容量の冷蔵庫を好む。一人暮らしの有名芸能人の冷蔵庫も押しなべて大きくて、その中には話のネタが盛りだくさん!『冷蔵庫をよろしく』は、長寿番組になりそうだ。